うつ病が発症するしくみ
監修:一般社団法人日本うつ病センター 顧問
長崎大学 名誉教授
医療法人五省会出島診療所 所長
中根 允文 先生
うつ病が発症するメカニズム
ただの落ち込み?それともうつ病?
うつ病は、脳の働きに何らかの問題が起きて発症すると考えられています。
単に気分が落ち込んだ状態なのか、それともうつ病であるのかは、具体的な数値などではっきりと示すことは難しいのですが、症状の程度や質、生活への支障の出方などで判断することができます。
それに、うつ病は心の症状だけではなく、「食事がおいしくないし、つまらない。『食べなきゃ』と思うけれど進まない…」「いつもより早く目がさめるし、寝ようとしてもなかなか寝付けない…」といった体の症状があらわれることもあります。そのあらわれ方は、人によりさまざまです。
発症のきっかけはさまざま
その人自身の物事に対する考え方や生活環境、日常生活において発生したストレスなどが複雑にからみあって引き起こされると考えられています。遺伝との関連も研究されていますが、特定の遺伝子があれば必ず発症するというものでもありません。
なかには、うれしい、明るい出来事がきっかけとなって、うつ病を発症することもあるのです。
うつ病が発症する要因
脳の中では、情報を伝達するためにさまざまな神経伝達物質が働いており、そのうちセロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンは、モノアミンと総称されています。一説に、うつ病は、このモノアミンが減ることで引き起こされるとされています。
しかし、これだけでうつ病が発症するしくみをすべて説明できるわけではなく、ほかにもいくつかの説があります。
Leonard, B. E. et al.: Differential Effects of Antidepressants, 1999, pp.81-90, Martin Dunitz Ltd, London, 改変
監修:CNS薬理研究所 主幹 石郷岡純先生
- <参考資料>
- 野村総一郎監修:入門 うつ病のことがよくわかる本,2010,pp. 12-27,講談社,東京
うつ病を発症するのはどんなとき?
ストレスが、うつ病発症のきっかけになることもあります
うつ病の発症には、ストレスが大きく関係しているといわれています。
「心が弱い人はストレスに弱いから、うつ病を発症するのではないか」と考える人がいるかもしれませんが、ストレスとはそもそも「心や体にかかる刺激や負荷」を指します。
つまり、人によっては思いもよらない出来事がストレスになるのです。
親しい人との死別や離婚、あるいは病気になるなどといった悲しい、つらい出来事がストレスとなるのは理解しやすいと思われます。しかし、それ以外にも昇進や結婚、こどもの独立など、どちらかというと明るい人生の転機でさえストレスとなることがあるのです。
うれしい、明るい出来事もストレスになりえます
悲しい、苦しい出来事だけでなく、喜ばしいことが原因となってうつ病を発症するのはどうしてでしょうか?
環境の変化に対する受け止め方は、人によってさまざまです。喜ばしい出来事であっても、それが急激な変化となって自分の生活に影響を及ぼす場合、自分なりに考え、対処することが難しく、それが大きなストレスとなってうつ病発症の要因となることもあるのです。
いまの社会は経済やシステムの構造がめまぐるしく変化し、日常生活のさまざまなシーンにおいて急激な変化や進歩に対応しないといけません。そうした社会背景が、うつ病の患者さんを急増させているのかもしれません。
- 体の病気が原因となってうつ病になることも?
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糖尿病や脂質異常症(高脂血症)などの生活習慣病、がん、心筋梗塞や脳卒中の患者さんはうつ病を併存しやすいといわれています。病気そのものや治療薬の影響などで脳の機能に影響を及ぼし、うつ病を発症する場合もあります。病気だから元気がないのだと、見過ごされがちなだけに注意が必要です。
うつ病の原因?! 神経伝達物質のヒミツ
一般には、「気の持ちよう」といわれたうつ病は、医学的に研究が進み、その原因が探られています。ヒントは、脳に一千数百億個も存在するとされる神経細胞にありました。どのように研究者たちは、心の問題の解決法を脳の中に求めたのでしょうか? うつ病と神経伝達物質について考えてみましょう。
私たちの心と頭の中では…?
私たちは日常、さまざまな出来事に出会って喜怒哀楽の感情を表現したり、いろいろなことを考えたり、食欲などの意思を行動に移したりして生活しています。
こうした感情や意欲のようなものは、単に「心」があるから生まれるということではなく、脳の機能として役割分担があり、きちんとコントロールされていることが、脳科学の進歩によってわかってきました。
脳では神経細胞同士の情報伝達によって、心の機能(意思や感情)や体の機能(行動や運動)を司る細胞に伝えていくはたらきを持っています。脳の神経細胞同士も、さまざまな情報を基本的に電気信号でやりとりしています。
神経細胞はさまざまな情報を電気信号で伝達しています
神経細胞が網のように広がるわけは?
一見、神経細胞は脳内に網のように張り巡らされているように見えますが、実は1本1本独立していて、隣の神経細胞との間には空間があります。なぜこのような構造なのかというと、急激に外部から力が加わったとき(例えば、頭をどこかにぶつけてしまったとき)に、神経細胞が切れてしまうのを防ぐ、いわば自然の工夫のようなものです。
神経細胞を詳細に見ると、樹の枝のように伸びた突起があり、そこに無数の隆起があって、神経細胞同士をつなぐシナプスというつなぎ目があることがわかります。
気持ちや意欲はどのように伝わるの?
シナプスの間の隙間では、電気信号で送られてきた情報の量に応じて神経伝達物質がこの隙間に送り出され、次の神経の受け取る側に渡されることで、情報が伝わっていきます。
このとき電気信号が神経伝達物質に変わることで、情報の信号を強めたり、さらに情報が細かく分かれて伝わるはたらきが生じるのです。
うつ病のときには、この神経伝達物質に異変が起きていると考えられています。
シナプスの間の隙間では、情報は神経伝達物質で伝わります
神経伝達物質にはどんな種類があるの?
現在、神経伝達物質は100種類以上も存在するといわれていて、そのうち約60種類が発見されています。なかでも、うつ病の治療ではセロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンという3種類が重要視されています。
これらの神経伝達物質がバランスよくはたらくことにより、脳の機能は健全に保たれるのですが、うつ病では過剰なストレスや過労などが引き金となって、これらの物質が減少し、喜怒哀楽のコントロールができなくなってしまうと考えられています。
- そのため、うつ病では、
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- ●過剰なストレスや過労を防ぐ環境を整備する
- ●ものごとの捉え方や考え方を調整したりする
- ●抗うつ薬で、少なくなった神経伝達物質を増やしたり、神経伝達物質の送り手と、受け取り手を調整する
というような治療が行われます。
神経伝達物質にはどんなタイプがあるの?
神経伝達物質には、情報を受け取る側の受容体にはたらきかけて神経細胞を興奮させるタイプと、抑制させるタイプがあります。うつ病の治療で重視される神経伝達物質のうち、セロトニンは抑制型の神経伝達物質で、ノルアドレナリン、ドパミンは興奮型の神経伝達物質です。
私たちは日常の中で、さまざまな出来事に出会って、これらの神経伝達物質を作り出しているわけですが、ときには偏りが生じ、例えば興奮型の神経伝達物質が過剰に作り出されると、神経が興奮しすぎて暴走することもあります。健康な状態では、神経伝達物質のバランスがとれており、脳や体の機能も健全に保たれるのです。
どうしてうつ病になるの?
私たちの心の状態、脳内の神経の状態は毎日、毎時変化しています。うつ病になる仕組みはまだ完全には解明されていませんが、神経伝達物質の中のモノアミン類(セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンなど)が関わっていると考えられています。
過剰なストレスや過労などが引き金となって、神経伝達物質のうち、セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンの量が減少したり、はたらきが低下してくると、さまざまなうつ病の症状があらわれるのではないかといわれています。